不妊治療 体外受精

37歳からの体外受精|2回目の移植で妊娠するまでの体験談

37歳からの体外受精をイメージした優しいイラスト

体外受精を始めると決めた時に感じた不安

体外受精を始めると決まったとき、まず頭に浮かんだのはお金のことでした。

何回目で妊娠できるのかは誰にもわからない。
1回でうまくいく人もいれば、何回やっても結果が出ない人もいる。

だからこそ、「最終的にどれくらいお金がかかるんやろ」という不安がずっとありました。

体外受精をやること自体よりも、「お金がなくなったのに妊娠できなかったらどうしよう」という気持ちの方が大きかったかもしれません。

不妊治療を始めてからずっとそうでしたが、この頃は特に毎日のようにネット検索ばかりしていました。

「体外受精 何回目で妊娠」
「高齢出産 体外受精 成功率」
「顕微授精 妊娠率」

そんな言葉ばかり検索していた気がします。

少ない回数で妊娠できたという体験談を見ては少し希望を持って、逆になかなか結果が出なかったという記事を見ては落ち込む。

気持ちが毎日ずっと揺れていました。

体外受精中に感じていたこと

体外受精でよく「注射がつらかった」という話を見ますが、私は看護師をしていたこともあって、注射にはそこまで抵抗はありませんでした。

自己注射も、思っていたよりすぐに慣れたと思います。

当時は専業主婦をさせてもらっていたので、通院の負担も比較的少ない方でした。

もちろん大変なことはありましたが、「通えない」「時間が取れない」というしんどさは少なかったと思います。

ただ、その分、頭の中はずっと妊活のことでいっぱいでした。

「妊活にいい食べ物」
「体を冷やさない方法」
「着床しやすくするには」

そんなことばかり調べていました。

今思えば、少しでも妊娠できる可能性を上げたくて、自分にできることを必死で探していたんやと思います。

採卵と胚盤胞の結果に落ち込んだこと

採卵では、思っていたより取れた卵の数が少なくて落ち込みました。

確か5個くらいやったと思います。

もっとたくさん採れる人もいるとネットでは見ていたので、「少ないな…」と不安になったのを覚えています。

その後、胚盤胞まで育ったのは3個くらいでした。

1回目の移植で1個戻して、残りを凍結。
そして2回目の移植で妊娠できた…という流れやったと思います。

正直、当時は毎回結果に必死すぎて、細かいことはあまり覚えていません。

でも、胚盤胞のグレードもそこまで良くなかった記憶があって、「ほんまに大丈夫なんかな」と不安ばかりでした。

判定日までの時間が一番長く感じた

移植してから判定日までの時間は、本当に長く感じました。

毎日、検索ばかりしていました。

「体外受精 判定日前 症状」
「着床した時の感じ」
「フライング検査 陽性」

そんな言葉を何回も検索していたと思います。

もちろん、フライング検査も何回もしました。

1回目の移植の時は、お風呂掃除中に滑って転んでしまったことがありました。

そのあと結果が出なかった時、「あの時転んだからあかんかったんかな」と何度も考えてしまって。

「あれが悪かったんかな」
「これがあかんかったんかな」

そんなことばかり考えて、正直ちょっと頭がおかしくなりそうなくらいでした。

2回目の移植の時は、ネットで「笑うことは体にもいい」という記事を見ました。

もともとお笑いが好きだったこともあって、その頃は『ガキの使い』や『アメトーーク!』をよく見ていました。

当時は録画した番組を何回も見返していたんですが、今は動画配信サービスですぐ見られるので便利な時代になったなと思います。

とにかく少しでも前向きな気持ちでいたくて、「いっぱい笑おう」と思って過ごしていました。

でも実際は、2回目の時もフライング検査ばかりしていました。

2回目の移植で妊娠判定が出た日

1回目の移植がうまくいかなかった時、かなり落ち込みました。

その時、旦那に「次もあかんかったら病院変えてみたら?」と言われたんです。

旦那なりに、きっと励ますつもりやったんやと思います。

でもその時の私は、その言葉をうまく受け止められませんでした。

「病院変えたら、また最初からやん…」
「簡単に言わんといてほしい」

そんな気持ちが一気にあふれて、喧嘩になりました。

今思えば、旦那も一緒に悩んでくれていたんやと思います。

でも、不妊治療中って本当に心に余裕がなくて、ちょっとした言葉でもしんどく感じてしまう時がありました。

そして2回目の移植。

病院で「妊娠しています」と言われた時は、本当にうれしかったです。

でも、うれしいのに信じられなくて、家に帰ってからも何回も検査薬を使っていました。

陽性の線を見るたびに、「ほんまなんや…」と少しずつ実感していった感じでした。

その後の採血結果で、hCG(妊娠すると上がる数値)が平均よりかなり高いと言われ、「もしかしたら双子かもしれませんね」と言われました。

そして本当に双子だとわかった時は、びっくりしたけどすごくうれしかったです。

でも、安心できた時間は長くありませんでした。

妊娠して何回目かの通院の日、駅のホームで急に違和感を感じました。

慌ててトイレに行くと、出血していたんです。

頭が真っ白になって、泣きそうになりながら病院に電話しました。

診てもらった結果、双子のうちの一人は流産していました。

そして、「もう一人も流産してしまうんじゃないか」という不安でいっぱいになりました。

体外受精を経験して思ったこと

体外受精は、想像していた以上に心も体も揺れる経験でした。

毎回期待して、毎回不安になって、検索して、落ち込んで。

その繰り返しやった気がします。

でも、あの時は「今できることをやるしかない」と必死でした。

同じように不安の中にいる方に、「こんなふうに悩みながら進んできた人もいるんや」と少しでも伝わればうれしいです。

妊娠できたから終わりではなく、ここからまた別の不安が始まりました。

次の記事では、高齢出産と双子妊娠、そして流産を経験した時のことについて書いていこうと思います。

    • この記事を書いた人

    そいまる

    そいまるです。 猫好き高齢出産ママが日々の子育てや 暮らしのことを発信しています。

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